未来を作る学生インターン主導チーム。

「絶望に用なんてない」当時の3.11。これからの3.11。

どうも、こんにちはハシゴインターン生の長谷川です。

みなさん、昨日は何の日だったでしょう。
そうです、東日本大震災の日です。
あれから6年が経ちました。

もう歴史の教科書に載ってるくらいだから昔のことのような。
肌で感じた恐怖を鮮明に思い出すことができてしまうから昨日のことのような。
みなさんはどうでしょうか。
それぞれ思うことはあると思います。

とにかくこの機会に当時どんな気持ちでいたかを思い出してほしいのです。
そのために記事を書きます。

そして、きちんと3.11とYahoo検索しましたか?
昨日はこれを検索するだけで10円寄付されたのです。

https://fukko.yahoo.co.jp/

またこちらのYahooの広告は恐ろしさが痛いほど伝わるものだと思います。

 

 

みんながみんな異常

私は当時、中学1年生でした。
ちょうど掃除の時間にいきなり大きな揺れが来ました。
今まで感じたことのないような生命の危機を感じました。
クラスメイトたちは大騒ぎ。
泣きじゃくりしゃがみこんでしまう子。
あまりの恐怖に走りだす子。
いつもおちゃらけてる子達のぼーっと立ち尽くす姿。
外に早く出ろと促す先生。
外は危ないから机の下に避難しろと言う先生。
とにかく校内はいつも通りの正常さは全くありませんでした。
みんながみんな異常。
私もその中の一人でした。
大切な人のことが心配で、心をえぐられたような、空っぽの状態でした。

ようやく外に避難し終えて、私は当時学級委員をしていたのでクラスメイトが全員いるかどうか数える役目を与えられました。
担任の先生は、私に今日のクラスメイトの人数は39人だと言いました。
そして、数えてみると明らかに一人足りないのです。
何度も何度も数えなおしました。
それでも、結果は変わらず。
クラスメイトが一人校内で残されてるかもしれない、と思った瞬間涙が溢れでました。
立場上しっかりしなきゃいけないと思って我慢していたものがばーっと出たのかもしれません。
それを見て、担任と主任は私を怒鳴りつけました。
しかし、後から分かったことなのですが、39人ではなく38人だったのです。
全員いたのです。
泣いたことも怒られたことももっぱら損。
担任の先生も混乱していたのでしょう。
あの地震が起こった直後に正常でいられる人は誰一人いないのですから仕方ないことなのです。

日本中がパニックになりあの異常な雰囲気を私は体験したのです。

もう絶対に戻りたくない。
もう経験したくない。
絶望に用なんてない。

 アーティストによる歌での復興支援

違った形で復興支援をしている人たちがいます。

「君の名は。」の主題歌「前前前世」で一躍有名になった、RADWIMPSもこの活動をしています。

震災が起こった年から毎年、震災復興の曲を公開しています。

是非、聞いてみてくださいね。

色々と考えさせられると思います。

知ろうとすることであの出来事をずっと胸に生かせることは出来る

私が住んでいるのは内陸の埼玉ですからこの程度でしたが、震源地から近い場所、海から近い場所の人はこんなものじゃ済みません。
地震で亡くなった人、津波で亡くなった人、今でも仮設住宅で暮らす人、疎開する人、精神的に追い込まれ亡くなる人、自ら命を断つ人、またその人達に遺された人。
この人達の想いを想像しても知ることができない。
でも、知ろうとすることであの出来事をずっと胸に生かせることは出来る。
3.11の痛みや恐怖を原動力にして。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。