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異色の経歴!?51歳の早稲田生!?田中寿三郎さん

 

 

今回は51歳にして現役早稲田大学生の田中寿三郎さんを取材させていただきました。

なぜ社会人生活30年を経て大学に行こうと思ったのか。

その異色の経歴と人物像を紐解いていきましょう。

 

 

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田中寿三郎 51歳 横浜出身 早稲田教育学部初等教育学専攻3年(実質30浪)

 

 

大学に入るまでの人生。

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ーー社会人になるまではどのような学生だったのですか?
私は生まれは横浜で、中学・高校は埼玉の全寮制の学校に通ってました。
今は共学ですが当時は男子校で、それなりに楽しい学生生活でしたね。
ーー高校を卒業した後はそのまま就職をなさったんですか?
いえ。高校を卒業してからは就職せずに家にいましたね(笑)
アルバイトも色々やりました。スキー場で働いたり、キャベツ農家で1ヶ月キャベツを切ったりしていました。
ーー大学には進学しなかったんですね。
一応20歳の時に放送大学という所に入学したんですよ。
でもほとんどがオンラインの授業だったんで『これは大学じゃないな』と思い、1日で辞めました。
ーー1日で辞めたんですか!?
まあ当時は大学に行きたいという欲求はあまりなかったんで執着もなかったですね。(笑)
放送大学を辞めてからは親が塾を経営していたのでその手伝いをしていました。
ーー勉強を教えていたんですね。
う〜ん、まあ教えてたというか一緒に遊んでたというか。
教えつつ遊びつつ見たいな(笑)
ーーなるほど。20代は塾の講師をなさってたんですね。
そうですね。あとは宇宙人とコンタクトを取る練習もしていました。
ーー!?!?(笑)
宇宙人と会話をしたくて、テレパシー能力を上げようともがいていました。
それで、心が透明になったら宇宙人とコンタクト取れるんじゃないかと思い、
人の悪口を心の中で言わないトレーニングを3ヶ月ぐらいずっと続けてました。
結局宇宙人とはコンタクトは取れなかったんですが、人の心は読めるようになりましたね。
(この人いろんな意味でヤバい。)
ーーさて、20代は宇宙人とコンタクトを取ることに集中していた寿三郎さんですが、30代はどのように過ごされていたんですか?
塾の仕事を極めようと、教える技術を身に付けようとしていましたね。
教えるのを上手くなりたいと思い、記憶術や速読などの勉強をひたすら徹底的にやりました。
20代で身につけたテレパシーも駆使し、教えるのがすごく上手くなりましたね。
ーーなるほど!そこでテレパシーが活きてくるんですね!笑
図らずともそうなりましたね。
40代は仕事もしつつ、資格マニアになりいろんな資格を取りました。
例を挙げると、危険物取扱丙種やアマチュア無線4級、ファイナンシャルプランナー2級、秘書検定2級。
宅建と通関士の資格は同時期に勉強し、取りました。
ーーめちゃくちゃすごいですね。
まあ好きだったんで。あとは英検準一級もとったんですが、それは後の早稲田の試験には生きたと思います。

 

 

 

50歳で早稲田を目指す。

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ーーなぜ早稲田大学を目指そうと思ったんですか?
私は塾講師としてずっと子供たちに教えてたんですが、
教えてるのに大学の卒業証書という資格をまだ取ってなかったんですよね。
そこで大学に行こうと。
ーー教育学部に入った理由はあるんですか?
はい。
ある時子供たちと運動場で遊んでたんですが、ボールをライトにぶつけてしまい、壊してしまったんです。
正直に謝りに行くと、校長先生が
『気にしないでください。むしろ子供達と遊んでくださってありがとうございます。』
と言われました。
その時小学校の先生こそ最高の職業なんじゃないかと思い、そこから小学校の先生になりたいと思い始めました。
そういった理由で初等教育学を専攻しました。
ーーなぜ早稲田大学を選んだのですか?
早稲田大学は他の大学より自由な校風で、自分みたいな人間も受け入れてくれると思ったからです。
実際に入ってみるとまさに人種のるつぼという感じでしたね。
ーー確かに早稲田大学はいろんな人がいる印象です。ただ日本でも指折りの大学なので受験勉強は大変だったと思うのですが。
実際に受験勉強を始めたのは11月とかですね。
もともと資格マニアだったので勉強のコツは自然と身についていたのかもしれません。
それに加えて塾講師をやっていたので、教えるという行為は瞬間的に理解して瞬間的に説明しないといけないですよね。
自分の知らないことでも教えるという行為を挟むことによって記憶できちゃうんですよ。
ーーたったの3ヶ月の勉強で早稲田に受かるなんてすごいですね。
まあ、自分が教えてるのに落ちたら恥ずかしいじゃないですか。
そのプレッシャーもあって集中してやりましたね。
ーー受かった時の周りの反応はどうでした?
もともと突飛なことをやるのは周りの人はわかっていたので『じゅさ(寿三郎)ならやりそう』と言われていました。
ーー早稲田大学に入ってみてどうでしたか?
入ってみて、最初の二週間は友達がいませんでしたし、明らかに浮いてました。(笑)
まあ当然ですよね。18,19歳の子達の中に僕みたいな50歳のやつがいるなんて不自然ですし。
ただ、私はそういうのも一種の実験だと思ってて、
マイノリティ側からどうやってポピュラリティを獲得して行くかの勉強なんだと思っていました。
ある意味自分が受け入れなさそうな立場の中でどうやったら馴染めるだろうという方法論も一つの学びとして身につけたいなと。
ーーすごいポジティブですね。実際にいろんな行事に参加したりしたんですか?
はい。サークルに入ったり様々な行事に参加したりしました。
新歓の時も新入生の女の子は何十枚もチラシ抱えてて、それを机に置いて行っちゃうんですけど、
むしろ私ははそのたばを取りに行きました(笑)
一番のきっかけは大学主催の相撲大会への出場ですね。
入学して1ヶ月経った時に相撲大会が開催されるということで興味本位で学生として参加してみたんです。
そしたら優勝してしまい(笑)
デーモン閣下に景品としてお米をもらったり、新聞にも載りました。
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(当時の写真)
ーー自分より一回り以上も下の子たちに勝つなんてすごいですね(笑)
最近の若い人たちとは足腰の鍛え方が違うんですよ。
でも、その相撲大会がきっかけでいろんな人と繋がりましたしいい機会でしたね。
その後サークルを作ったり、生協の理事会に学生理事として出席したり、なんでもできる環境なのでやりたいことはやろうと。
迷いはなかったです。

 

 

宇宙に小学校を作る!?!?

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ーー今後の夢や目標があれば教えてください。

宇宙ステーションに小学校を作りたいですね。

自分の20代の夢が宇宙人とコンタクトを取ることだったので宇宙にも興味があるんです。

小学校を宇宙ステーションに建てるということは宇宙が安全だと証明できることになります。

結果的に人間が宇宙と接する機会も増えるんじゃないかと。

まあ宇宙が来てくれないのならこっちから行こうじゃないかと。

ーーすごい大きい夢ですね。最後に今の学生に何かメッセージがあればお願いします!

『とにかく守りに入るな。もっと自分を解放しろ。』と言いたいです。

可能性があるのに周りの目を気にして自分の行動を規制する生き方はして欲しくないです。

夢を叶えるために人によく思われるんじゃなくて自分の個性を発揮しながら夢を叶えて行く姿勢が大事だと思います。

そういう世の中になってほしいですね。

まあ結局自分の老後が一番心配ですけど。

 

 

ーー田中寿三郎さん本日はありがとうございました!!

ありがとうございました!!